私のプロレス史

当ブログ、間もなく開設から5年になります。

そこで、私の3大趣味である、旅行・プロレス・音楽、それぞれを簡単に振り返って行こうと思います。

次はプロレスです。
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1998年(07歳) 親が観ていた全日本プロレスの『プロレス中継』で、プロレスを好きになる。
最初に好きになったのは小橋だった。
それからTSUTAYAで90年代の全日ビデオをたくさんレンタルして、過去の試合にも熱中する。

小橋の試合を中心に観ていて、小橋がタッグを組んでいたジョニー・エースに裏切られて襲われる場面があった。
そこで小橋の救出に現れたのが秋山だった。
そこで秋山のことも好きになる。

ときは四天王プロレス最盛期。
すごいときにプロレスファンになったなぁと振り返っていて思う。

次第にもっと昔の80年代、70年代の全日本プロレスにも興味を持ちだし、古いビデオを借りる。
そこで若き日の馬場さんや鶴田さんが、ハンセンやブッチャーといった大型外国人と闘う姿に感動する。

1999年(08歳) プレイステイションの『全日本プロレス〜王者の魂〜』を買ってもらい、プロレスゲームにもハマる。
このゲームでいろんな技の名前を覚える。

馬場さんが亡くなる。
正直、まだ幼かったこともあり、悲しみの感情は沸かなかったが、全日本プロレスが大変なことになってしまうと思った。

2000年(09歳) 鶴田さんが亡くなる。

全日の川田・渕以外の選手が大量離脱。

夏に新団体『NOAH』を旗揚げ。
旗揚げ戦は会場のディファ有明に入れず、外のモニターで観戦。

白に生まれ変わった秋山が、2日間で三沢、田上、小橋を撃破。
新時代の到来を予感し、秋山の大ファンになる。

一方、大ピンチとなった全日。
そこへやって来たのは新日本を離脱した武藤だった。
ここで初めて新日本プロレスを意識し始め、テレ朝の『ワールドプロレスリング』を見始めるも、自分にはちょっと違うなと感じた。

2001年(10歳) 小橋が長期欠場へ。

橋本真也率いる『ゼロワン』旗揚げ戦に、三沢・秋山が参戦。
このときの興奮は忘れられない。

NOAH初のタイトル、GHCが開設され、三沢さんが初代王者になる。
夏、その三沢さんを下し、秋山が第2代王者になり、大喜び。

2002年(10歳) サッカー日韓ワールドカップに負けず、プロレスも大盛り上がりだったのを覚えている。
小橋の復帰戦、立場が逆転した秋山が完勝。
大小橋コールを送る。

昔の全日の試合をたくさん観る。
リック・マーテルを好きになる。

2003年(11歳) 日本武道館、伝説の三沢vs小橋戦。
そこに言葉はいらなかった。

夏に秋山が新日の『G1クライマックス』に参戦。
必死で応援する。
ここで本格的に新日の選手を覚えだす。

秋に初めての生プロレス観戦!
群馬まで行く。
テレビとはまた違う、迫力感と会場の雰囲気に感動する。

冬には私の地元のNOAHが来て、家族で行く。
入場時の小橋さんに頭を撫でてもらい、さらに大ファンに。

2004年(12歳) NOAH黄金期。
夏に初の東京ドーム大会。
三沢、武藤の夢の対決。
小橋、秋山の宿命の対決に最高に盛り上がる。

2005年(13歳) 1月に初めての日本武道館へ。
小橋vs鈴木みのるに熱狂する。

絶対王者と呼ばれていた小橋から、力皇がベルト奪取。

夏には2度目の東京ドーム大会。
行きたかったが、チケットが取れなかった。
小橋vs健介のチョップ合戦。
三沢vs川田の禁断の対決はまさにデステニーだった。

田上がまさかのGHC王者に。
空前の田上フィーバーが巻き起こる。

2006年(14歳) 秋山が田上を下し、2度目のGHC王者に。
初防衛戦で鈴木みのるをリストクラッチエクスプロイダーで下し、胸がスカッとした。

小橋が腎臓がんで長期欠場に。
みんなが小橋の無事を祈った。

脳梗塞から高山が復帰。

丸藤が秋山を丸め込んで、まさかのヘビー王者に。
初防衛戦の相手は、同じくジュニアのKENTAだった。
これには失望。
これじゃヘビーとジュニアが分かれている意味が無い。
ノアの転落はここから始まったと考える。

2007年(15歳) 三沢さんが3度目のGHC王者に。

小橋が腎臓がんから復帰。
誰もが涙した。
プロレスファンで良かったと心から思う。

2008年(16歳) 高校の友人と来日公演を行っていた、WWEを観に行く。

5月には別の友人とNOAHのディファ有明大会へ。
ここで三沢さんと握手してもらう。

2009年(17歳) 5月のNOAH武道館大会を生観戦。
ここで三沢・潮崎組がタッグリーグを制覇。

その翌月、プロレス界に衝撃が走る。
三沢さんが試合中の事故で亡くなる。
あまりのショックに数日間なにもやる気が起きなくて、寝込む。

9月には三沢さん追悼大会。

2010年(18歳) 初めてひとりでプロレス生観戦。
NOAHの武道館、グローバルリーグの最終戦、秋山が執念でときの王者・杉浦を下し、大感動。

2011年(19歳) 東日本大震災が発生。
プロレス界でも、被災者の方に少しでも元気を取り戻してもらおうと、様々な活動が行われる。

4月には全日本の『チャンピオンカーニバル』生観戦。
古巣参戦となった秋山を応援する。

秋には秋山が諏訪魔を下し、初めての三冠王者となる。
これはプロレスファンをやっていて、1番嬉しかったとき。

2012年(20歳)
 新日ではオカダという新スターが登場する。 
年末、秋山ら5選手がNOAHを退団。
これ以降、NOAHは完全にNOAHで無くなる。

2013年(21歳) 小橋引退試合を観に行く。
ありがとうの想いを込めて、大小橋コールを送る。

NOAHはKENTAがGHC王者に。
KENTAは好きだが、ジュニアの選手がヘビーのベルトを巻くのは違和感しかなかった。

NOAHを退団した秋山らが全日に参戦。
この頃の全日はいろんなスタイルの選手が揃っていて、本当に面白かった。

しかし、白石という人物のせいで、全日が再び分裂。
武藤派が抜けて、『W-1』旗揚げ。

2014年(22歳) 秋山が全日の社長に就任。

2015年(23歳) NOAHに鈴木軍が参戦。
それによって盛り上がりは増す。

全日は選手が少なくなり、苦しい状況に。

2016年(24歳) 全日では宮原が三冠王者に。
新たなスターが誕生し、徐々に人気が盛り返してくる。

2017年(25歳) 鈴木軍がNOAHを撤退し、新日へ。
今のNOAHはひどすぎて観ていられない。

一方全日はどんどん盛り上がって来て嬉しい限り。
新日も選手層が一層厚くなり、ファンでなくても盛り上がってしまう。

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最後は音楽について振り返ります。

  by fmbmrtjd-mmkkai | 2017-06-03 23:10 | プロレス | Comments(0)

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